ロシアの若き植物学者 Apollo Apollossowitsch Mussin-Pushkin 伯爵の冒険。
プスキニア と呼ばれるようになったのには、 ある一人の青年貴族の冒険が隠されていますの。 1800年代の初め、ロシアの若き植物学者であり伯爵でもあった Apollo Mussin-Pushkin ( ムシン・プシキン ) が、 未開の地であったコーカサス山脈の険しい岩場へと足を踏み入れました。 吹き荒れる寒風の中、雪解けの泥の中から突如として現れた、 透き通るような白とブルーのストライプの花、 その神々しい美しさに心を奪われた彼は、 この花をヨーロッパへと持ち帰りました。 彼の熱意と発見を称え Puschkinia scilloides ( プスキニア)と 気高き名が送られたのであります。 プスキニアは、Striped Squill ( ストライプド・スクィル ) や Lebanon Squill ( レバノン・マイル )とも呼ばれていますのよ。 イギリスの古い園芸書には、 " 春の最初の陽光がプスキニアの青い条に触れるとき、 庭全体がパッと目覚める " と讃えられています。 Apollo Apollossowitsch Mussin-Pushkin 伯爵ってどんな人? ロシア大帝国の「最高顧問」の一人 彼は、 時のロシア皇帝 エカチェリーナ2世やアレクサンドル1st などに直接仕える、 国家の最高科学顧問、鉱山工学や化学のトップという極めて高い地位にありました。 命がけの プラントハンター 、 単に机の上で研究するだけでなく 、 まだ誰も立ち入ったことのないカフカース(コーカサス)山脈などの未開の地へ、 自ら大規模な調査団を率いて命がけで突入していった「行動派の貴族」だったのです。 そこで、多くの新しい鉱物やこの「プスキニア」などの植物を発見しました。 世界中の科学者からリスペクトされる存在 彼が持ち帰った貴重な植物の標本やデータは、当時のヨーロッパ全土の植物学者たちに大変な驚きを与えました。 ですから、当時の学界の偉い先生たちが「この過酷な大自然に挑み、素晴らしい青い花を持ち帰ってくれたプシキン伯爵の功績は本当に素晴らしい!彼の高貴な名を、この美しい新種の球根植物に永久に刻もう!」ということで、『プスキニア(Puschkinia)』という属名が誕生したのですわ。 わたくしは、アポロプスキン伯爵の勇敢さ、行動力により発見された プスキニアに...