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Showing posts from February, 2018

My Chive.

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何年めだろう、何度も一緒に冬を越して来たのに、今年も思ってしまった。 今年はとうとうこのチャイヴともお別れだろうな... なぜ毎年こう感じるのなら、もっとしっかりとした冬支度をしてやらないんだろう、私ってって... そしてハーブの種を植える準備、トマトの種を植える準備をしようとした時.... CHIVE !!!!!  越冬していてくれた!君は寒さに強いのではなくて、寒さが好きなのだね! 今年の冬を迎える頃にはもう、君が枯れてしまったかもしれないなんて思わないような 素敵な冬支度をできるようにするよ!! ありがとう、君が強く在ってくれること。

What is winter grow under the ground.

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渡り鳥が冬を連れていってしまう。湖が凍ってそのまま渡り鳥は湖をくっつけたまま飛び立ち、目的地へ冬を連れて行く。寂しくなるね。 準備はしていたけれど、やはり一気に忙しくなりそうな庭と菜園。 ここは他よりも涼しいほうだからまだ種まきには早いけれど、その時がきたらその日の午前中にパパッとできるように。その時というのは温度のこと。温度計を見ながらその時を待つ。同じ時を計るのでも時計とは違うの。 ガーデニングしていたり、菜園生活をしているとチャンスを逃すのはありえない。 チャンスとは種まきの時期のこと。決して咲いた花をいただくときのことではない。花を咲かせるチャンス、それは種を手にしたこと。あとはタイミングと努力あるのみ。 今日は待ちに待った蕾を見つけた!去年の秋に植えた球根たちが、水道管が山頂で凍結し、断水して3週間の冬の寒さをやり過ごして顔を出していたのを発見! 冒険に出て宝を見つけたような気分で色々なことにやる気が湧いて溢れた朝だった。 冬が一生懸命に土の中で温めていたのは、春のたまご。

Long time no see, Yumiko !

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最近、この緑の少ない季節の中で思う。土色に囲まれて。 私は自分がこんなに土まみれになることを楽しく感じ、植物を愛おしく感じるようになるとは寝耳に水なことぐらい夢にも思わなかった。 義務教育という洗脳期間を、洗脳された大人達に囲まれた中から脱出して実力主義と信じていたアメリカでとび出ても、打(撃)たれない杭になるつもりだった。都会で毎晩ニューヨーク五番街のナイトクラブに行き、ダンスでチップを稼ぎ食っていくつもりだった。 こんなに虫が多く、冬は凍結し断水してもこんな大自然の人のいないところで住むことを選択するとは。ステージでスポットライト浴びるのが好きなのに、ここでは何をやっても見る人はいない。ヘッドホンから漏れるほどに音量をMaxにして眠りについていた若い頃...私が星や月明かりを邪魔する街の灯りを毛嫌いして、山の静けさに耳を傾け獣の気配を感じようとするなんて.... 太陽を間近で見ることがないのと同じぐらい....unbelievable. だた今言えることはひとつ。決して都会を訪れたいと思うことはもうない。行かなくてもよい言い訳を探すかもしれない。若い頃は、今の自分の生活のような世界を私は知らなかった。全く。 久しぶりに鏡を見ると眉毛の形が変わっていて、私に似た人に感じた。かつては飽きないのかっていうぐらい鏡で自分を見るのが楽しかった。自分の映る鏡やガラスがあれば絶対に見てニコってしていた。自己陶酔であったとおもう。 今は私がどんな顔をしていてもどうでもよくて、今何をしているかが問題になっている。 着飾っても、歩き方はチンパンジーが服を着て歩いているみたい、落ちぶれたOLみたいなプライベート...etc は自分を凹ませ、将来に不安をもたらせるに違いない。 毎月美容院に行って髪を綺麗にして、顔をメイクアップしても表情に生きているのか起きているのかわからない表情無でスマートフォンをマヌケ顔で見てばかり 、話す内容が着飾った服とはチグハグだったりするぐらいなら、私はこのナチュラルを超えて野生的な自分で満足。 何も恥じることはない。むしろ誇りをもって私はかっこいいとおもう。 自分の野生を感じたことのない人間に、理性などあるわけがない。理性と思っているのはただ本当の自分を恥じているだけだとおもう。それは恥というよりも世間と、他人と違うことを恥じていいて、理性的に勘違いされて...

Spinach Sprout.

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何度かフランシスに掘り起こされた発芽したほうれん草と玉ねぎたち。私の作った霜よけのトンネルの中で一生懸命に越冬している最中。 " 土がしみている " という表現をされるこの地域。霜柱も長いけれど、霜柱にならず土ごと硬く固く固まってしまう。そして乾き始めるとまだ小さな根っこや発芽した子達は土ごと盛り上がってでてきてしまう。ピンセットでまだ 5mm にもならない根を土に戻したけれど、 全身全霊で願いながらの植え直しだった。そしてのぞいて元気な姿を見るととっても嬉しいという言葉ではおいつかない、植物は私達と本当に同じ生きものであると感じる。 食べてさよならするのがさみしいく感じる。だから本当に在り難く種を蒔いた日からのことがフラッシュバックしながら噛み締めて食べている。いただきます、その一言に重みを感じる。

Wonderful place where is not on the map.

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未だに水道は凍結していている。山小屋の北側はつもった雪が凍ってのこってまたつもりをくりかえしていて、陽のあたる南側とは景色が違う。 手を洗ったり食器を洗うための水を川でくむとき、Lady Chocolate は傍らにいてくれる。川まで雪がとけていないから、彼女はこれ以上は私は無理っていう時は、甲高い声で私を呼び、抱き上げるかひきかえそうという。 世界中、たくさん滞在したけれど、こんなにファンタスティックな時間はなかった。素敵な場所、それはあなたと一緒にいれるところ。Lady Chocolate and Hot Chocolat.