日本で育つイタリアのミニトマト。
フランスのトマト、イタリアのトマト、
日本のこの小さな山の天辺で元気に育ち、
私の命の糧になってくれました。
収穫する時はいつも感動の嵐。
不思議。この種の持ち主だったトマトは何年か前にフランスで育ち、
フランスで食され、しばらくはフランスで眠っていた。
時を経て、エアメールで私のところへ飛んできた。
そして収穫されて料理され、採取された種は日本で再び蒔かれ、
初めてなんだけれど、2度目のトマトの生きる道。
聞いたことのない言語を話しかけられ、初めての地に蒔かれた。
同じなのは、空と太陽と月。
野菜の味は、育てた人の愛の濃さ。
そうじゃない。
野菜の味は、太陽の眩しさ、
雨の重さ、風の強さ、月のあかり、雪の温度....
そうそうご存知かしら?
法律上は「野菜」、植物学的には「果実」
植物学的に申しますと、トマトというものは種子を包む子房が発達したもの。
つまり、れっきとした「果実」ですのよ。
ところが1893年、アメリカの最高裁判所ときたら
「食卓で野菜として扱われているのだから、関税法上は野菜」という、
なんとも人間の都合な判決を下しましたの。
これを Nix v. Hedden 事件というそうですわ。
トマトが「果物」か「野菜」かを巡り、
1893年に連邦最高裁判所で争われた歴史的な裁判ですのよ。
ミニトマトは、植物学の世界ではフルーツ界の令嬢、
税関ではただの野菜という、二重生活を送っていらっしゃるわけですのよ。
私は...フルーツだと感じるわ。
フランスや台湾、韓国ではフルーツとして売られているというのも、
この「アイデンティティの揺れ」の名残なのでしょうね。
フルーツだろうが、野菜だろうが、トマトは植物なのよ。
種から育てたトマト、こぼれ種で越冬し実ったとも後も愛しいのには変わりない。
翻弄されようとも実ることに一生懸命なトマトに愛を込めてデザインした
収穫する時にぴったりのトマトのTシャツやキャンバスバッグ etc いかがかしら?
