Posts

世界最古の お見舞いの花、ムスカリ。

Image
ムスカリはその愛らしい姿から、 イギリスなどでは別名 " Grape Hyacinth " グレーぷヒヤシンス と 呼ばれております。 グレープ、ぶどう。ヒヤシンス でございます。 実はグレープヒヤシンス、ムスカリはですね、 " 世界最古の「お見舞いの花」というロマン " がございます。 「人類が最初に誰かのために手向けた(プレゼントした)花の一つ」 と言われているのをご存知ですか? イラクのシャニダール洞窟という数万年前の遺跡から... ネアンデルタール人が仲間の遺体にムスカリの花をそっと 添えて葬った跡が見つかっているのです。 はるか昔の時代から、人間はこの美しいブルーの 小さな花に「深い愛」や「癒やし」を託していたのですね。 19世紀のイギリスの庭園(コテージガーデン)では、 このムスカリを単体で植えるのではなく、 「黄色い水仙」の足元にたくさん敷き詰めて 植えるのが大流行いたしましたの。 鮮やかな黄色と、ムスカリの深いブルーが 引き立て合うその景色は、まるで「地上に現れた天の川」のよう。 イギリスの園芸家たちは、この小さな青い花を 「春の扉を開く魔法の鍵」として大切に扱っていたのですよ。  ビクトリア朝のイギリス貴族が愛した「青の絨毯」でございます。 ブルーのムスカリ、オランダに、リンダという女性が夫婦で ナーセリーを営んでいまして、広大な畑に ブルーのムスカリが 育てられいますが、大地の海...なんと表現して良いやら... とても美しいでございます。 2017年、わたしたちの菜園の大きな切り株の周りに植えました。 それ以来、厳しい冬を一緒に過ごして春にはブルーに輝くように 咲いてくれるムスカリに在り難うの気持ちをいっぱい込めて デザインいたしました キャンバスバッグやムスカリを植える時に 着たいスウェット、庭でのティータイムにマグカップ etc   をあなたにもどうぞ。

Messy but still fine.

Image
ずっと気になっては後回し、やりかけては後回しにしていたところの片付け。立春がすぎ東風解凍、春にむかって芽吹きだした植物もたくさん。雪の重みで折れた枝を拾ってきてはブリキのじょうろにあしらい、夜の突風や吹雪にとばされなかなかディスプレイにはいたらなかった。夏と冬の陽当たり具合が違いすぎて、ウッドデッキをベランダガーデニングに使うかオープンカフェのように使うか考えがどうどう巡りのままだった。風向きにより、風見鶏がむきをかえたように片付けようとした、やっと…あら、別にしばらくこのままでも悪くないかも…あぁ、またここはしばらくこのままかな。

Gift from my cat.

Image
雪が降りつづき、足跡をつけてもあっというまに雪にうもれていく。波うちぎわを思い出すわ。ショコラは未だに大冒険から帰ってきていなくて、いままでに感じたことのない、寂しいという想いを味わっている。寂しいとはこんなに辛いのか…知らなかった。吹雪いたり、夜の冷たい空気の中、庭に出て寒さにふれると、私は心配と不安におそわれる。その一方で、早朝の1番気温が下がる時、ファルコンは外にでたがる。雄は寒さよりなにかあるらしい。ショコラも外、ファルコンも外へ。私達、雌どもは朝陽が昇るのを待ちながらブレックファースト。朝陽がとどいても毛繕い。そんな大雪が吹雪中、ファルコンは帰ってきた…が…ウッドデッキの下からしつこく私を呼ぶ。降りていくと、ギフトが…。吹雪の中、私にこのもぐらを捕まえてきてくれたらしい。…ありがとう、ファルコン。今夜のスープにいれようねっ。といってローリエの葉の上に寝かせた。土にかえした。

Animal dropping or blub.

Image
種や球根の姿は、小さい頃に見ただけでは動物の排泄物にしかみえない。親や誰かに教えてもらわなければ、きっと誰1人、魅了されることどころか、道端の石ころ以上に興味をもたなかっただろう。 素敵だよね、種や球根はまるでダイヤモンドの原石。磨かなければ輝かないような。人間関係もそうね。咲くと信じなければ、本当の相手を知らないまま咲かないのかも。そしてきっと自身も本当の姿を知らないままで、本来咲くような花ではない花 ( 結果や相手との相性のようなもの )を咲かせてしまったりね。種や球根を植え、育てるということは、自分探求で必ずいつかは相手のためにもなること。動物の排泄物みたいものと花壇でそれを咲かせようとするあなた、というような感じ。最初から相手を糞にたとえているわけではない解読力をお持ちであることを願います。問題があるならば種や球根ではなく、ガーデナーである。ガーデナーは種や球根の健康状態を見極めたりもするけれど、健康なものなら花を咲かせる準備をし、天候とたたかい、苗がどうにかなったら、相手ではなく、まず自分のやり方に目をむける。人間関係も種や球根に腹をたてるのではなく、まず自分の接し方がたてまえやその場しのぎの嘘ではなかったかなど自分がどんな種で球根か探求しながらいったらどうかしら。違った種類の花同士が花壇に咲いていると、みんな興味を持つわよ。綺麗だから。そこに在るだけで。 ガーデニングは哲学。私の人生哲学がつまっている。まだまだ、まだまだ、花壇のあちらこちらに読むところが…あぁ、植物や花っていいなぁ.....本当に。私に動物の糞ではなく、種というもの、球根というものがどんなものなのかを教えてくれてありがとう。ありがとうという言葉の意味と一緒に教えてくれてありがとう。親にいいたい礼はそこだ。

Botanical life cooking.

Image
2016 夏に剪定、間伐、開拓して、おいていた松や栗の木などの幹と枝。落葉樹の落ち葉を集めマルチングしたり、憧れていたDIY アウトドアキッチンの燃料として活躍するときがきた。鉄鍋をオール電化やシステムキッチンで使うのは私にとって無様というか、なんだそりゃな世界。STAUBはこう使うのさといいたいノンシステムな私のキッチン。私のシステムキッチンは、自分で育てた新鮮な野菜、新鮮な地元の食材、良いオイルと塩、私が上手く火をくめるというもの。

My new kitchen without him.

Image
ショコラのいない夜をむかえるとは思いもしなかった。 私が料理に使う焚き火の準備をし、火が大きくなるころ、ショコラはキツツキや小鳥の群を追いかけどこかへ行ってしまった。 夜通し名前を山の中で叫んだけれど年が開けても帰らず… 丁寧にやるべき事をやっていたらショコラは帰ってくる。 そうやって信じている意を表明。 元旦から泣きながらたくさんのタスクをこなした。 素敵な正月にはかわりない。 ショコラがとなりにいないことを除けば。 大丈夫よ、帰ってくる。

Ending of the year 2016.

Image
新しい生活は今までとガラッとかわる……私がそうするから。過去10年ほどからの集大成みたいな感じになるのは感じている。セルフリノベーション、庭作り、料理や minimal な暮らし、私の仕事……全てがいかされる、集大成。世界中を旅したけれど、こんなファンタスティックな世界はなかった。それは植物や猫達とminimalな暮らしからそんな世界が始まった。ファンタスティックなアドベンチャー。だから楽ちん優雅とはかけはなれる。 涙、笑い、ハラハラドキドキ。でも全てあたたかい空気の中。 愛猫ショコラとチョコレートとここへ引っ越してきて三日目。一緒に自然の中にいるのがとても幸せに感じる。それはショコラが嫌いな街の騒音が全くなく静かで、好奇心をくすぐる鳥、落ち葉、近くの牧場の匂い...などで愛猫の好奇心が満たされているから。 引っ越してきたその夜中、ショコラは私の不注意で鍵を閉め忘れていた西の窓を自分であけて、真っ暗な山の夜の中へ駆け出していった。私はしばし、自分を見失いそうだった。 探したくても、私の持ってる灯りは夜の闇に吸い込まれ自分の足元しか照らすことしかできない。闇に負けてしまう灯り。不充分なまま引っ越してきたことを痛感した。 まさか.... ショコラが帰って来ないまま新年を迎えることとなるとは夢にも、思わなかった...

Harvested Lemon.

Image
DIYしたウッドプランターで育ってくれているレモンの木。今年は5コ。1つは既にホットレモネードにしていただいた。梅雨前の雨でたくさんの蕾が落ち、今年は夏前にトラックで2時間移動したからその時に小さい実になりかけたこがいくつか落ちた。それでも西陽や朝陽だけでよく育ってくれている。このレモンの木と一緒に暮らしはじめた年は20個以上、収穫できた。その時は雨の度に台車で軒下へ。蕾を守りきった。収穫が終わったから来年は朝陽のあたる日照時間が長い大地に植え替える。