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First frost.

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      初霜。 待ちに待った初霜。 一歩、甘いルタバガになった。 霜が降りるのを楽しみにできるのは ルタバガのおかげ。 にんにくも苺も、あり程度の霜は平気なんだとやっとわかった。 ここは霜がきついからそっと霜よけみたいなのはするつもりだけれど ルタバガはきっとここの厳しい霜も気にいるだろうと思う。 降りた霜は、朝陽に照らされ、たくさんの宝石みたいになり ガーデナーの汗のごとく大地にかえっていく。

Spend a cold season with tuberose flower bulbs.

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やっと球根を植えて、ドキドキしていたら芽をだしてくれて、 順調に蕾がつくかドキドキしていたら、ある日、蕾をつけていて、 ちゃんと花が咲くかドキドキしていたら、ある日、蕾がほころんで 咲き始め、ついには夜の庭で素敵な香りを漂わせてくれた。 満月の夜、月明かりの中で、チューベローズの香りを堪能できるとは 極上の夜だった。 愛猫が月明かりの中の自然の匂いを楽しんで、 私は夜の庭で月明かりの中、球根から育てていたチューベローズの香りを心から楽しんで... 最低気温が下がり、霜が降りる予報が... まだ蕾がたくさん。 迷いに迷って蕾を摘んで部屋の中へ飾った。 そして霜が降りる前日に、球根たちを掘り起こし、 鉢の中へ植えかえ、室内で越冬する準備をした。 これが来年の気温がグッと上がった時の楽しみだ。 いわゆる将来への貯金。球根が増える。 夜になり、突然オリエンタルな甘い香りが漂いはじめる。 寝るのがもったいない。 球根は間も無く眠りにつく。 蕾達は、間も無くベッドルームで咲きはじめる。

into the Winter with Rutabaga seedlings.

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  肌寒くなり、蝶々ももう姿をみせなくなり、いっ時は蝶々の青虫にボロボロになるまで食べられたルタバガの苗も綺麗な葉を新たにひろげ、冬を迎えようとしている。 ルタバガは霜にあたりたい。寒さに強いのではなくて、冬が大好きなんだろう。 一緒に越冬するのには頼もしい仲間。 朝露を苺やブラックベリーの葉っぱの様に華麗にまとっていた。

Rutabaga seedlings.

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大きくなったルタバガの苗。 やっぱり残暑にたくましく生きる 紋白蝶と紋黄蝶の青虫が、 ルタバガの葉っぱを元気に食べている。 間引かなかった方の列のルタバガ。 間引く代わりに青虫が食べれば良いと思った。 間引く作業のかわりなんだからもっと 食べていいよ。 オーガニックの菜園ならではという訳ではないけれど、虫と植物の関係を 理想的に想像していた私。 大丈夫、これで差ができたので、 必然的に強いものが、大きなルタバガに なるに違いない。

My Strawberry fields forever.

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天気予報にまたしても一人踊りさせられてしまった。 雨が降り続く予報をめがけて、種を蒔いたり、苺の苗のメンテナンスをしたり、 林檎と無花果の樹を植えかえたりetc....を計画してタイムリーに動いているのに、 天気予報が連日大外れ。信じている星占いよりも外れている。 苺のランナーのメンテナンスは晴れた日1日で終えるのは難しいと思い、 週間天気予報で気温が下がり、曇りから雨に変わる日を選び、実行したのだけれど、 雨どころか曇ることもなくインディアンサマー。 発芽した白い玉葱を苗に育てていたのが減ってしまった。 苗に育てるには、土の水捌けが良すぎたことと天気予報の大外れ。 どこから手をつければ良いのかわかくなっている、 育ちに育ってくれた小さかった3つの苺の苗。 立派に育ってくれたおかげにより、とうとうというかたちで始めたランナーと株分け。 数日間、朝の寒いうちから野良作業。 午前中でひと段落つけるつもりで始めてもついつい気づくと2時。 親株を抜いたほうが良いと知ったのは2日目。 親株を最初に抜いてランナーから 切り離せばよかった...親株についての情報を収集できなかった。 早朝の北の良い魔女との立ち話で知った。 とにかく今日、100 苗ほど収穫できたというべき株のうち1/20 は定植できた。 植える場所が出来上がっていなかったから、あとは野生動物が食べれるように 茂みの方にも植えておいてみようかな。

Tuberose, oh my Tuberose.

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嬉しくてたまらない。 球根から一番好きな (一番はたくさんあるよね ) 花が育っている 。 蕾がほころんできて、夜になるとこの球根を植えた理由の香りが 漂う。 月明かり、星空の中で、この香りを堪能できる日が来るとは夢にも思わなかった。 ブリュッセルの小さなフローリストで出会った花。 甘い想い出の花。もうすぐ咲く。

日本で育つイタリアのミニトマト。

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フランスのトマト、イタリアのトマト、 日本のこの小さな山の天辺で元気に育ち、 私の命の糧になってくれました。 収穫する時はいつも感動の嵐。 不思議。この種の持ち主だったトマトは何年か前にフランスで育ち、 フランスで食され、しばらくはフランスで眠っていた。 時を経て、エアメールで私のところへ飛んできた。 そして収穫されて料理され、採取された種は日本で再び蒔かれ、 初めてなんだけれど、2度目のトマトの生きる道。 聞いたことのない言語を話しかけられ、初めての地に蒔かれた。 同じなのは、空と太陽と月。 野菜の味は、育てた人の愛の濃さ。 そうじゃない。 野菜の味は、太陽の眩しさ、 雨の重さ、風の強さ、月のあかり、雪の温度.... そうそうご存知かしら? 法律上は「野菜」、植物学的には「果実」 植物学的に申しますと、トマトというものは種子を包む子房が発達したもの。 つまり、れっきとした「果実」ですのよ。 ところが1893年、アメリカの最高裁判所ときたら 「食卓で野菜として扱われているのだから、関税法上は野菜」という、 なんとも人間の都合な判決を下しましたの。 これを Nix v. Hedden 事件というそうですわ。 トマトが「果物」か「野菜」かを巡り、 1893年に連邦最高裁判所で争われた歴史的な裁判ですのよ。 ミニトマトは、植物学の世界ではフルーツ界の令嬢、 税関ではただの野菜という、二重生活を送っていらっしゃるわけですのよ。 私は...フルーツだと感じるわ。 フランスや台湾、韓国ではフルーツとして売られているというのも、 この「アイデンティティの揺れ」の名残なのでしょうね。 フルーツだろうが、野菜だろうが、トマトは植物なのよ。 種から育てたトマト、こぼれ種で越冬し実ったとも後も愛しいのには変わりない。 翻弄されようとも実ることに一生懸命なトマトに愛を込めてデザインした 収穫する時にぴったりのトマトのTシャツやキャンバスバッグ etc いかがかしら?
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